Paul Auster "Moon Palace" 119P~131P -17

マーコの主な仕事はもう一つある。エフィング老人が車椅子で散歩する際の,介護兼案内係である。中でも,この「案内」というのが難物のようだ。エフィング氏は目が不自由なので,杖を振り回して,あれはなんだこれは何だと訊くのだが,ただ「マンホールです」とか「電柱です」と答えるだけではダメ。何しろ,キーワードは
take nothing for granted=当たり前のことは何一つ無い
なのだ。マーコも当然悩む。だが,
If regarded in the proper way, the effort to describe things accurately was precisely the kind of discipline that could teach me what I most wanted to learn: humility, patience, rigor.
と,かなり前向きに努力しようとしたりして。だが今度は,正確に伝えようとするあまり,説明が冗長になりすぎて怒られる。しかも,その都度いちいち前任者と比較されるのだからたまったものではないだろう。だいたい前任のパーベル・シャムときたら,6〜7ヶ国語を話すスーパーロシア人で,エフィング氏曰く "a genuin schlor" 。こんな人がなぜだか皿洗いの仕事をしてて,エフィング氏に拾われてきたのである。彼は即興で詩を奏でるような調子で説明をしたと言われても,ねぇ。。
意外なのが,散歩中,エフィング氏が市井の人たちから尊敬の念で見られているということ。外でお茶を飲むときなどは,自宅でのあの強烈なマナーは一切隠し,きわめて上品な態度で臨んでいるようである。やはり,たいした爺さんなのだ。