ドッヂボール審判講習会に出席す

起床6時40分。土曜日だがドッヂボールの審判講習会ということで,昨日に引き続き8時半過ぎに小学校へ行く。各地区から大人5〜6名,子供3〜4名が出席し,指導員のルール説明を聞いたあと,子供たちに模擬試合をさせ,質疑応答という手はず。頭痛と貧血で体調が今ひとつの上,昨日から人間不信度が高まっていたせいか,えらく疲れてしまった。
岩手の人の穏やかさや優しさは,和を大事にする気持ちや我慢強さによって裏打ちされている。相手が我慢をしこちらを気遣っているということをしっかり読み取らないと,「わかってない」と見なされて裏でケチョンケチョンにけなされる。そのけなし方は,相当な激しさだ。とはいえ,京都人の二面性と違って意地悪なものではない。あくまでうまくコトを運びたいというのが前提にあるし,その激しさも我慢の大変さ故だろう。
しかし,役員をやる前はあ"〜岩手の人は穏やかでいいねえと,優しさを鵜呑みにしていただけに,「わかってない人」を非難する激しさを目の当たりにしたときのショックがなかなか冷めやらぬ。人に優しくしてもらう度,ついつい「自分は今,この人に我慢を強いているのではないか」と考えてしまい,しんどくなる(あとで「わかっていない人」として非難される恐怖感に襲われるわけだ)。そのしんどさから逃れるには,相手より身を尽くして働くしかないわけで,それはもう「我慢と頑張りのカルマ」の状態である。そうやって岩手全体として,他県の追随を許さぬねばり強さや頑張りが生み出されるのかもしれない。昔,農業生産動向を見ていて,宮崎や千葉といった気候的・地理的に恵まれた地方が,なぜ岩手という地の利が悪く,寒さ厳しい地に負けるのか不思議でならなかったが,その謎のひとつを垣間見たように思う。ああ思考が錯綜している。やっぱり鬱?
肝心のドッヂボールだが,ルールが意外に複雑で驚いた。第一,外野にも外枠があるなんて今日の今日まで知らなかったというトホホぶりなのだ。大会本番は線審だけなのでまだいいが,5日間の練習では自分たちが主審や副審をしなくてはならない。練習開始まであと2週間。大量ドッヂボールの海で押しつぶされる夢でも見てしまいそうである。(+_+)