John Irving "The Cider House Rules" 557~587p -18 読了

やっとこさ読了。核となる登場人物それぞれの愛情の深さに,孤児として誠実に生きようとすることの切なさに泣けてしまった。All orphans want to be of use. 孤児はみな役立つ人間になりたいと考える。それは,セントクラウズ孤児院の創設者であるラーチ医師の教えでもある。アーヴィングは,望まれぬ存在である孤児の視点を通して,人間が生きていく上で本質的に必要なものを解き明かそうとしたのではないだろうか。
孤児として生をうけた主人公ホーマーが,法律が堕胎を許さない限り,技術を有した自分たちがやるしかないという恩師の課した定めを受け入れるまでの過程が,じ〜っくりと描かれている。
子を産むという性を授かった女性にとって,望まぬ妊娠が起こりうるにもかかわらず,法的に妊娠=出産という選択しか許されな社会はあまりに厳しすぎる,せめて「孤児か堕胎か」という選択肢を与えるべきだというのが,ラーチ医師が示した論理である。だが,ホーマーは胎児にも生はあると強く意識し,恩師の思惑を受け入れないままリンゴ園で新しい人生を切り開いていこうとする。
一方,まともな処置がなされず,自分で堕胎を試みたり,怪しげな闇の手に任せたあげく敗血症で死に至る女性がホーマーの与り知らぬ場面で何度も出てきて,読者にその必要性を畳みかけてくる。それらを黙々と引き受けてきたラーチ医師が生きている間は,それでも何とかなっていた。が,ラーチが亡くなった直後,ホーマー自身に女性に科せられた「どうしようもない事態」*1が投げかけられる。そうして最終的に,彼は自分が築き上げた幸福や自分自身の名前まで捨て去っても,「自分に定められた役割」を果たすために孤児院に帰る途を選択するのだ。
そんなばかな!と思われるかもしれないし,私も最終章まであり得ないと思っていた。第一,堕胎に手を貸すということは望まれぬ子供であった自分の存在を否定することにも繋がりかねないではないか*2。しかし「定めを受け入れる」のが,彼にとっては「ヒーローになる*3」ための唯一の方法であり,彼の人生においては何物にも勝るということが読み進むに従って理解できてくるのである。
これだけ長い小説なので,感じどころは人それぞれだろうが,「生きる」ということについて深く考えさせるのは間違いないだろうし,アーヴィングの傑作のひとつだと思う。

*1:父親から受けたレイプによる妊娠である

*2:小説ではあまりこの件に触れられていなかったが

*3:と書いてしまうと安っぽく響いてしまうかもしれないが,アメリカ人とっての「ヒーロー」という言葉の意味は奥深いものだということも,この小説を読めばよくわかると思う