「語るに足る,ささやかな人生」を読む

語るに足る、ささやかな人生 ~アメリカの小さな町で

語るに足る、ささやかな人生 ~アメリカの小さな町で

NYからシアトル,ニューオリンズからLAと二度に渡ってアメリカをレンタカーで横断し,スモールタウンだけを訪ねまわったという旅行記である。書評を目にしたときから気にかけていたのだが,村上春樹の新作を買ったばかりだったから,とりあえず図書館で借りて読もうと考えていた。しかし,ネクタイを締めスッと背筋の伸びた老人が小さなガスステーションの手入れをしている表紙の絵を見た瞬間,ノックアウトされてしまった。そこには,自分の知らないアメリカの魅力を表す何かが凝縮されているように感じられた。即購入。
最近読んだアーヴィングの「サイダーハウスルール」には,'50年代のメイン州の田舎町で,ホーマー・ウェルズがウォーリーとキャンディに連れられて生まれて初めてドライブインシアターを体験するシーンが何気に出てくる。しかし,ドライブインシアターという舞台によって,作家が伝えようとしている空気が今ひとつピンと来なかった。ただそれだけで伝えられるべき何かがあるのは感じられるのだが,それが上手く掴みきれず喉元でモヤモヤとしていた。
それがこの本で,サウスダコタの草原にそびえ立つドライブインシアターの巨大なスクリーンとそれに纏わるストーリーを読んだとき,ああそういうことかと少しだけ理解できたような気がした。
その他にも,今なお馬で牛を追い続ける本物のカウボーイや絶品ナマズフライレシピのルーツといった,読むとアメリカが好ましく感じられること間違いなしの小さなストーリーが満載である。そして,たとえ人口1000人足らずの何の変化もないスモールタウンで生まれ育ち,一度も州を出たことのないような人生であっても,そこからきちんと真っ当に生きるとはどういうことかがわかる。それが,感情を抑え丹念に選ばれた言葉で綴られているのも魅力だ。
少しでも関心を持たれたなら,一読あれ。きっと後悔しないと思う。