Paul Auster "The Book of Illusions" 18~28p -2

60min。主人公 David Zimmer*1は,妻と2人の子供を突然の飛行機事故で失って以来,喪失感にうちひしがれる日々を送っていたが,ある日偶然1本のトーキー映画を観て,事故以来初めて罪悪感を感じることなく笑った。その映画に主演していたのが Hector Mann。彼は1928年の1年間にひと月1本の割合で計12本の作品に出演し,その後世間から消え去ったという。現在,彼の映画フィルムは全米各地並びに Parisや London で保存されている。Zimmer はそれらの映画をすべて観て,Hector の作品に関する本を執筆する決意をすることで,生きる意欲を取り戻そうとする。
この仕事を成し遂げるため,Zimmer は飛行機を利用しようとする(なんせヨーロッパにまで行かなくてはならないのだ)。しかし,彼は大事な人たちを飛行機事故で失ったわけである。そういう立場の者にとって,自分が飛行機に乗ることの恐れというものが非常に意味深く描かれている。
それは,自分も堕ちるかもしれないという恐怖ではない。自分が無事,飛行機を利用できるという事実が,失った者を冒涜するかのように感じられること。失った者たちを「ただ運が悪かったのだ」と考えてしまう恐怖なのである。それに自分が耐えられるとは思えないと言って,Zimmer は精神科医に Xanax なる,一歩使い道を誤れば廃人になるかもしれないというほどの強烈な薬を処方してもらうこととなる。そんなものを使ってまでも,やり遂げざるを得ない仕事。その仕事をやることでかろうじて生きる望みが繋がれるという危うさ。等々,大事な者を失った経験を持つ者なら,Zimmer の気持ちに共感するものがあるのではないだろうか。
Xanax を用いて飛行機に乗り映画をすべて観たあと,Zimmer は自宅のある Vermont*2に戻らず,NY で最低のアパートを借り執筆に取りかかる。というところで第一章終了。
追記メモ: David Zimmer の職業は,Vermont 州 Hampton にある Hampton College の comparative literature/比較文学 の教授。著作物は2点。処女作”Voices in the War Zone”では, Hamsun,Celine,Pound らの作品から,第二次大戦下における文学とpro-Fascist 活動との関連を研究。第二作”The Road to Anyssinia”では,Rimbaud,Dashiell Hammett,Laura Rding,J.D.Salinger ら突然執筆活動を止めた作家について研究。しぶ〜

*1:言わずと知れた”Moon Palace”の主人公,Marco の親友の名。ちなみに Zimmer の亡くなった子供のひとりは Marco 君と名付けられている。こういうネーミングは Auster お得意のテクニックなのだろうか?

*2:カレーの街かいと思ってしまうのよ,やっぱ